【SORA GOLD in EARTH】砂金で指輪づくりプロジェクト_Vol.3

人や地球を破壊してきた金を巡る社会史から、持続可能な未来を見つける

遠い宇宙で生まれ、地球上の人類の文化史に大きな存在感を示すようになった金、しかしその価値の高さは裏の顔ともいうべき社会問題も生み出してきました。金の歴史は奪いあいの歴史でもあり、光り輝く美しさの裏には人間の醜さが見え隠れするのです。 人間社会は金を巡ってどのように変化してきたのでしょうか。

《ライター紹介》
石村研二


映画、環境、テクノロジーなどを中心に、greenz.jp、WIRED.jp、六本木経済新聞などに記事を執筆。宇宙と未来に興味が深く、暇な時はSFを読み、五次元空間に思いを馳せる。SORAの、結婚指輪とは無関係にも見える様々な実験や挑戦を見届ける予定。

金を巡る争い

金が使われ始めた頃、人々は川で拾ってきた砂金を溶かし鋳造することで様々な形の装飾品を作っていました。しかし、金が珍重されればその需要は増すわけで、砂金だけではその需要を賄えなくなります。 
エジプトでは、紀元前3000年頃にはやくも金鉱の発掘をはじめまていたと言われています。エジプトで使われたおびただしい金の大部分は南部のヌビアの金鉱でとれたものです。ヌビアはエジプトと同じ祖先を持つと言われ、ピラミッドなどの文化も共通しています。

 

しかし、金を求めるエジプトの王は、紀元前16世紀頃のエジプト新王国時代にヌビアを侵攻して支配し、そこに住んでいた人たちを奴隷として金採掘に従事させたといいます。
紀元前1世紀のギリシャの歴史家シケリアのディオドロスは『歴史叢書』の中でエジプトのヌビアの金鉱で働く奴隷たちの悲惨な様子を著述しています。

奴隷労働によってもたらされたおびただしい金が古代エジプトとメソポタミアなど地中海地方との交易を有利にし、古代エジプトに繁栄をもたらします。
それと同時に、地中海地方では金が広く流通し、貨幣としても用いられるようになるのです。 ヌビアはエジプト新王国衰退後、独立を取り戻し一時はエジプトを支配しますが、その後ローマ帝国に支配され、さらに7世紀にはアラブのムスリムに征服されます。ヌビアの金は長きに渡って地中海地方の栄枯盛衰に影響を与えたのです。

 

豊富な金によって文化的にも栄えた地中海地方に対し、ヨーロッパにはあまり金は存在しておらず、流通の中心も銀が担っていました。金を求めるヨーロッパの人々は、15世紀、アフリカへと向かいます。 大航海時代の始まりです。

大航海時代は、オスマン帝国が抑えていた陸路の交易ルートに代わる海路の交易ルートを探す旅から始まったとされています。しかし、同時にそれは金を探す旅でもありました。
1415年、大航海時代の幕開けを告げたポルトガルのエンリケ航海王子は「金の山」を探して西アフリカ沿岸を旅したとも言われています。実際ポルトガルは西アフリカから金や奴隷を手に入れ、さらにインドへとその航路を伸ばしていきました。 15世紀末、コロンブスは『東方見聞録』にある「黄金の国ジパング」を目指して西廻りでアジアを目指します。これは金を巡る伝説が中世のヨーロッパの人々を動かすだけの力を持っていたことを意味します。
根拠が薄弱な伝説であってもそれに基づいて冒険に出るくらい、金は当時の人々を魅了していたのです。

コロンブスがジパングではなくアメリカ大陸に到達したのはご存知のとおりですが、スペイン人たちはそこで新たな黄金伝説に出会います。
それが「エル・ドラド」です。「エル・ドラド」については文化史で書きましたが、スペイン人たちは「黄金郷」があると信じて、アメリカ大陸の奥地へと探検していきました。 そしてまた金を巡って悲劇が起きます。

 

1531年、ペルーへと侵攻したスペイン人のピサロの軍勢は、インカ帝国の皇帝アタワルパを捕らえます。アタワルパは身代金として部屋一杯の金の工芸品をピサロに渡します。ピサロはその金を受け取りながらアタワルパを処刑し、インカ帝国は滅亡するのです。
これによってスペインに送られた金はなんと3トン以上、財政難にあったスペインは工芸品を融解してすべてを貨幣に換え、膨大な金を手にしました。

カリフォルニアのゴールドラッシュ

時代は下って19世紀、金を巡る狂乱が今度は北アメリカで起こります。カリフォルニアのゴールドラッシュです。 このゴールドラッシュは、1848年一人の大工が砂金を発見したことを発端に始まり、まだ州にすらなっていなかったカリフォルニアに国内外から30万人が押し寄せたと言われています。
これだけ多くの人が押し寄せれば様々な問題が起きるのもまた必然で、1851年から53年にカリフォルニアにやってきた人々のうち5分の1が到着して6週間以内に死んだとも言われています。殺人率は現代のアメリカの100倍で、自警団によるリンチも横行、金を求めてやってきた人たちの間で争いが生まれたのです。 また、当時のカリフォルニアは約12万人の先住民が暮らしていましたが、1870年までに3万人まで激減したと言われています。その理由は、病気、暴力、飢えによるもので、虐殺もあったとも言われています。 



金を求めて先住民の生活地を奪う動きの極めつけは、1868年に起きたリトル・ビッグホーンの戦い(グレージーグラス川の戦い)です。
モンタナ州のラコタ族の居留地に巨大な金鉱が見つかると、グラント大統領は軍事力に訴えてこれを奪おうとします。しかし、自分たちの土地を守ろうとするネイティブアメリカンも対抗し、シッティング・ブルやクレージー・ホースといった戦士の奮闘もありこの戦いに勝利しました。

 

ただ、この敗北によりアメリカ国内では反インディアン世論が高まり、ウーンデッド・ニーの虐殺など、多くのネイティブアメリカンが殺される事件が起きてしまったのです。 
金を求める人々の欲望は、直接的間接的に弱い立場の人々から様々なものを奪ってきました。そして、その歴史は残念ながら今も続いています。 

たとえば、コンゴの世界最大級の金鉱があるイトゥリ州では、第二次コンゴ戦争が起きていた1998年から2006年の間に6万以上が殺戮されたとも言われます。この間、多国籍企業は紛争地域の金鉱へのアクセスを求めて民兵組織に資金提供を行いました。それが紛争を長引かせたと見ることもできるのです。

 

人と地球を破壊する金採掘

金はその価値の高さ故に世界中で争いを生んできました。金をめぐり殺し合いや戦争、一方的な収奪が起きることは減ってきましたが、カリフォルニアでゴールドラッシュが起きた19世紀頃から新たな問題が生じ始めました。環境問題です。 カリフォルニアのゴールドラッシュでは、一度に多量の金が採掘できる方法として水力採鉱という方法が考案されました。これは金脈が発見された崖などに高圧の水をかけて土砂を水路に流します。そうすると重い金が水路の底に沈むという方法です。この方法は効率的に金を集められるとして世界中に広まりましたが、山の斜面が押し流されて大規模な河川の氾濫などを引き起こすため1884年に禁止されました。

各地の水質汚染

金採掘における最大の環境問題と言えるのが水銀汚染です。
金を精錬する方法の一つにアマルガム法というものがあります。これは、金銀を含む鉱石を粉砕し水銀と混ぜると、金銀だけが水銀に溶け込むので、これを加熱し水銀を蒸発させると金銀だけを得ることができます。この方法を使うと、蒸発した水銀を作業員が吸い込むことになり健康被害を起こすことに加え、水銀が排出され環境汚染を引き起こすのです。 

カリフォルニアのゴールドラッシュでは数百万キロの水銀が川に流失し、現在でも多くの淡水魚に水銀が含まれています。また、川を伝ってカリフォルニア湾に流れ込み、イルカやクジラに蓄積しているというデータもあります。
100年以上前の環境汚染の影響が今も残っていることも驚きですが、水銀を使った金の精錬は安価なため今も一部で行われています。
1970年代の終わりからはブラジルやペルーのアマゾン川流域で、その後もフィリピン、インドネシアなどでも水銀汚染による環境汚染が起き、水俣病のような症状を訴える住民も出ています。 
1960年代には、低品位の金鉱石から金を抽出するためにシアン化物を用いるヒープ・リーチングという工程が用いられるようになりました。シアン化物は毒性が強いため廃液は厳重に管理されていますが、2000年1月にはルーマニアのアウルル鉱山でシアン化物100トンを含む10万立方メートルの排水が川へ流出し、ドナウ川、黒海へと流れ、大きな環境汚染を引き起こしました。

サスティナブルゴールド

金は人間の欲望をさらけ出させるものですが、欲深さが不幸をもたらすということは、神話の時代から語られてきました。
オウィディウスの『変身物語』に登場するミダス王は触れるものすべてが金に変わる力を得るが、その力のせいで食べることも飲むこともできなくなります。 そこから2000年以上の時間がかかりましたが、人類は金が人々を不幸にしないような取り組みを始めています。 

2004年には採掘の問題を解決するため、国際非営利団体「責任ある鉱業連盟(Alliance Responsible Mining)」が設立されました。公正に採掘した金をフェアマインド・ゴールド認証することで、採掘に伴う人権侵害や環境破壊が行われないよう鉱業業界が動き始めたのです。 

2005年にはヨーロッパのジュエリーメーカーが中心となり「責任ある宝飾のための協議会」を発足、鉱山から店舗に至る一連の過程において、環境破壊や人権侵害に関与に関与しないことを宣言しました。現在では世界の1100以上の企業が加盟しています。

RJC(Responsible Jewelry Council:責任ある宝石のための協議会)

 

2010年、アメリカでは「ドッド=フランク・ウォール街改革及び消費者保護法」が成立、その中で対象企業はコンゴとその周辺国で産出された紛争鉱物について公に開示する義務を負うことになりました。企業の社会的責任が問われるようになる中、金などの鉱物についても人権侵害などが行われていないことを担保するよう求められるようになったのです。 

このようにして企業や政府が主導して消費者の意識を変えていくことで、金がもたらす不幸は減らすことはできるでしょう。ただ、それをさらに推し進めるには、人権侵害や環境汚染が起きない技術を開発することも必要です。 その一つとして有力なのが、2013年に発見されたコーンスターチ由来のαシクロデキストリンを使って金を分離する方法です。この方法を使えば、「都市鉱山」とも呼ばれる家電ゴミなどに含まれる金を少ない環境負荷で取り出せる可能性があるのです。 

このように、環境や人権に配慮して得られた金のことを「サステナブル・ゴールド」と呼ぶことがあります。サステナブルは持続可能という意味で、金という限られた資源が持続可能なように金を使っていくという考え方です。 

 

しかし、金を巡る歴史をみてみると、金に求められる持続可能性とは、単に資源としてではなく。地球環境や人々の暮らしも含むものなのではないでしょうか。
金は美しく、装飾品としてだけでなく、宗教的なモチーフにも、科学技術の分野でも欠かせないものです。それだけ私たちの暮らしに密接に関わる金について、私たちはもっと考えなければいけない。そうすることで、私たちの暮らしの持続可能性も上がっていく。
そんなことを金の歴史を見つめながら思いました。

【SORA GOLD in EARTH】砂金で指輪づくりプロジェクトシリーズ記事一覧

 

◆金の創生と歴史を知る
Vol.1_“金”は宇宙からやってきた?金の歴史を誕生から追ってみた
Vol.2_7000年前から現代まで、特別なものであり続ける。「金」の文化史とは
Vol.3_人や地球を破壊してきた金を巡る社会史から、持続可能な未来を見つける

◆金を採ってみよう! 
Vol.4_日本での砂金採掘に必要な知識と準備